妄想と現実のはざま

私の黒歴史な日記置き場

かむクマさんとかまないクマさん

妻が安心しきったようすであくびをする。
目を閉じて、涙があふれるとき、僕はおもむろに指を口の中へ。
やがて口が閉じ、指が挟まれたとき、僕は叫ぶのだ。
「あ、かむクマさんだ!」


クマには、「かまないクマさん」と「かむクマさん」の二種類がいる。
かまないクマさんの国で、かむくまさんは忌み嫌われる存在である。
かむクマさんは凶暴で、かまないクマさんの生き血をすする、そう市民たちは信じている。
しかし彼らは、本当は生き血をすすったりしない。
普通よりほんの少しだけ、本能的にかむことが好きなクマさんなだけなのだ。

かむクマさんであることが判明したクマ達は、政府にとらえられ、離れ小島の牢獄に送られる。
冬場も吹きさらしの牢屋で、ほとんどのクマは一年ともたず、病死してしまうといわれている。

クマがなぜかむクマさんになるのか、はっきりしたことはわかっていない。
多くは遺伝であるが、後天的にかむクマさんになるクマも少なからず存在する。
だから、クマの夫婦は、子ぐまがかむクマさんにならないよう、小さいときから厳しくしつけをする。
お行儀の悪いことをした子グマを「そんなことをするとかむクマさんになるよ!」と叱るのだ。

クマが、かむクマさんなのか、かまないクマさんなのか、外見上判断することは出来ない。
かむクマさんであることを隠して、社会の中で生きているクマもいる。
そんなかむクマさんを見分ける方法が一つだけある。
あくびをしているところを見つけて、大きく開いた口の中に指をつっこんでみるのだ。
かまないクマさんはびっくりして、あとずさるが、かむクマさんは違う。
かぷっとかんでしまう自分を押しとどめることができない。
そんな時のかむクマさんは、ちょっと目がかがやいている。


「ここにかむクマさんがいますー!」
妻にかまれた僕は、密告者のふりをする。
彼女は世を忍んで生きる、かつて栄華を極めたかむクマさん王家の血をひくお姫様なのだ。
もちろん僕は、決してかむクマさんを警察につきだしたりはしない。
かむクマさんへの恐怖が、政府によって意図的に作られた差別だということを知っている。
だって、かむクマさんは一緒に生活をしていても生き血をすすったりはしないし、かむ時だって甘がみなのだ。


なんやかんやで、かむクマさんとかまないクマさんの物語のラストは、きっとこんな感じだ。
かむクマさんを差別する政府を倒すことに成功したクマの夫婦は、ある田舎町にやってくる。
政府が倒されたと聞いても、田舎のクマたちにとって、自分たちに根付いた差別意識を捨てることは難しい。
かむクマさんがくると聞いて、町の人は固く扉を閉ざし、家に閉じこもる。
そんな時、外にとりのこされた子グマが一匹。
クマのお姫様は、そんな子グマを抱き上げると、やさしく微笑みかける。
子グマは優しそうなお姫様に微笑み返すが、警戒することはやめていない。
そんなとき、クマのお姫様は、夜通しの旅で疲れていたので、大きなあくびをする。
子グマはおそるおそる指を口の中へ。

カプっとかんで、お姫様はあれっていう顔をする。
「あ、本当だ。痛くない!」
そんな子グマの声をきっかけに、いっせいに扉が開き、町は新しいお姫様を出迎える。

そんなどこまでもベタなストーリーがわれわれ夫婦のテーマだ。
しかし昨日、衝撃の事実が明らかになった。
「かまれることによって、かむクマさんは伝染する」
妻の口から明かされた新設定で、僕の美しいストーリーは破綻しそうになっているのだが。